ひねくレポート

 

 

⇒ アサハルのブログに戻る

 

 

どうも、アサハルです。

 

このレポートでは、

僕が素直じゃなくひねくれていたせいで

大きな損をしまくったこと。

 

そしてなぜ素直になることが

できたのかを書き殴っていきます。

 

書き殴ったので、

本音丸出しになっています。

いま見返してもひどいなと思うところもあります。

 

ふざけたタイトルだと

思われたかもしれませんが、

読んだ人からは、

「自分も頑張ろうと思った」などの

声も頂いていますので、

騙されたと思ってぜひ読んでみてください。

 

 

■ひねくレポート

 

 

僕は小学三年生から中学三年生まで

6年間いじめを受けていた。

 

いじめを受け始めた経緯はなんてことはない。

 

 

僕がゲームばかりやっていた、

いわゆる「オタク」だったこと。

(今ではオープンになってきてはいるが、

当時はオタクが流行りはじめたばかりで蔑称扱いだった)

 

加えて友達も少ないし運動もできないし、

イケメンでもなければ人気もなかったこと。

 

あと僕は生まれつき歯並びが悪く、

高校生になるまでは出っ歯だったからだ。

(ありがたいことに親が矯正させてくれたおかげで、

高校に進学する頃には出っ歯ではなくなっていた)

 

 

笑われたりバカにされたり、

陰口を言われたりするのはもはや日常茶飯事。

 

「アサハルなんか~」

「アサハルなんて~」

と、僕の名前が上がるときは、

必ず僕を蔑む言葉とセットだ。

 

ひどいときには「なんかムカつく」という

意味不明な理由で殴られることすらあった。

 

 

 

当時の僕に余裕なんてなかった。

 

でも余裕がないと認めたら潰れそうだったから、

余裕をつくろうと必死になっていた。

 

余裕をつくるために、

いじめられている僕には

原因なんてないと虚勢を張った。

 

「俺は悪くない」

「俺をいじめてくる奴らがカスなんだ」

 

確かにそうかもしれないが、

(いま思い返せば僕に原因があるけど)

これ「だけ」だと現実は変えられない。

 

 

だから僕は現実すらも

自分に都合のいいように解釈した。

 

「これはいじめられていない、いじられているだけだ」

「みんな俺と仲良くなりたいからちょっかいを出すんだろ」

「あー、みんな俺に嫉妬しているのか」

 

相変わらず現実自体は変わらなかったが、

「周りはカスだ」と思うよりかは少しだけ気がラクになった。

 

 

そうして僕はだんだんと、

自分を騙すためのウソが上手くなっていった。

 

その場をやり過ごし、

自分を一時的に守るためのウソだ。

 

僕はウソは正義だと思うようになっていった。

現実よりもウソのほうがいい、そういう価値観になっていった。

 

 

日々のいじめで溜まるストレスのはけ口は、

全てゲームやアニメといった虚構の世界にぶつけた。

 

特にゲームの世界は

僕にとって最高に居心地がよかった。

 

ちょっとやっただけで、

周りからはヒーロー扱い、

かわいい女の子もたくさんいるし、

悪いことをするやつらをぶっ飛ばすのは爽快だった。

 

悪役を僕をいじめる奴と重ねて、

最強装備で思いっきりオーバーキルしてやると心底笑えた。

 

 

 

既にこの時点でひねくれていたが、

悪いことばかりではなかった。

 

 

現実でやりたいことが他になかった僕は、

学校以外の全ての時間をゲームにつぎ込んだことで、

僕は小学生にしてゲームだけはその辺の大学生よりも強くなっていた。

 

特にスマブラをものすごくやり込んでいた。

親と一緒にショッピングモールへ行った日には、

「負けたら交代」と書いてあるスマブラの試遊台を

親の買い物が終わるまで占有できるようになっていた。

 

 

このとき僕はゲーム限定で、

「やり込めばできるようになる」

と自信を持てるようになっていた。

 

僕は元々ゲームが得意だったわけではなかった。

最初は敵のマリオやマスターハンドにボコボコにされて、

泣きながらやっていたぐらいだった。

 

けど他にやりたいことがなかったし、

誕生日にゲームがひとつ貰えるぐらいだったので、

同じゲームをひたすらやり込んでいた、その結果だった。

 

 

スマブラを通じて友達もできた。

ただスマブラが強かっただけで、

友達からは「天才」と言われることもあった。

 

褒められ慣れていなかった僕はすごく気を良くした。

 

腐りきっていた現実が、

ゲームが絡むこと限定で楽しくなっていった。

 

いじめられる日々が変わらなくても、

このときの僕は現実に少しだけ希望を持った。

 

比較的自由にゲームをやらせてくれた両親には感謝したい。

 

 

ちょうどその頃、僕は親父が買ってきた、

ファミスタ64という野球ゲームにハマった。

 

そこで初めて野球のルールを覚えた。

ファミスタで打てるようになったホームランは最高だと感じた。

 

そしてなにを思ったか、

僕は中学に入ると同時に野球部へ入部した。

 

 

だが、現実の野球はそんな甘いものではない。

 

小学時代に、

学校以外の全ての時間を

ゲームにつぎ込んでいた

僕の運動能力はミジンコレベル。

 

野球どころか、

そもそもキャッチボールすらまともにできないし、

練習前の軽いアップで動けなくなるほど体力もなかった。

 

 

中学の野球部は厳しいことで有名だった。

 

僕と同じ時期に入った部員の9割は、

少年野球をやっていた人たちだった。

 

必然的に僕の下手くそ具合は目立つ。

 

あっという間に僕は野球部内外で

バカにされ、笑い者にされる立場になった。

 

 

「お前、なんで野球部に入ったんだよ」

 

嘲笑されるように、野球部の人やそれ以外の人にも言われた。

仲が良いと思っていた友達からも言われた。

 

返す言葉もなく、

「はは、そうだよね……」

と自信なく言うのが精いっぱいだった。

 

 

 

ものすごく悔しかった。

 

バカにされるのが嫌で仕方なかった。

 

 

野球部にいるのが辛かった。

 

あとから入ってくる後輩にも舐められた。

 

気になる女の子から「下手くそ」と笑われた。

 

 

 

やっぱり現実は腐っていると思った。

 

もう辞めてしまいたいと思った。

 

そうすればラクになれる、

僕はゲームだけやっていればいい、

そう本気で思っていた。

 

 

そして僕は誰にも相談せず、監督に辞めますと言った。

 

最初は怒られると思っていたが、

監督からは意外な返事がきた。

 

 

「あ、そう。辞めていいよ」

 

 

僕は野球部にとって必要ない存在だった。

 

 

それを知った瞬間、ものすごくムカついた。

辞めていいと言われて辞めるのが癪だったのだ。

(たぶん、心のどこかで本当は止めて欲しかったんだと思う)

 

居ても立ってもいられなくなり、

気付けば僕は監督に「辞めません!」と言い放っていた。

 

ひねくれているがゆえの結論だった。

 

 

 

それからは野球に対して一層がむしゃらになった。

 

 

元々監督やキャプテンに

手を抜いていると判断されたら

練習が増えるシステムだったので、

一度も手を抜いたことはなかったのだが、

(というかただでさえ練習に

ついていけるかいけないかの瀬戸際なのに、

手を抜いた瞬間一発で見抜かれるに決まっていた)

弱音を吐くことはグッと減った。

 

笑われようが、

バカにされようが、

後輩に舐められようが。

 

絶対に辞めない、

その一心だけで練習に取り組んだ。

 

 

 

その結果、僕は足が劇的に速くなった。

 

野球部に入る前は、

50m走が9秒台だったが、

三年になる頃には6.9秒になっていた。

 

レギュラーにはなれなかったものの、

足の速さを買われて公式戦に

代走で出ることもできた。

 

 

けど僕としてはそんなことより、

僕をバカにしていた奴らよりも

足が速くなれたことのほうが嬉しかった。

 

僕に50m走で負けて悔しがる彼らの顔は、

それはもう最高に傑作だった。

 

 

……ウソだ。

 

本当はレギュラーに

なれなかったことも悔しかった。

練習に一切手を抜かず、

日々真剣だったのだ、悔しくないわけがない。

 

 

だが当時の僕は既に自分を偽ることが

正義だという価値観だった。

素直になることは悪だと思っていた。

 

仲の良かった友達には、

「別にレギュラーになれなくてもいいし」

なんてことをほざいていた。ダサすぎる。

 

 

いまだからこそ言えるが、

自分のレベルを下げるような

強がりは本当にダサい。

 

困難を乗り越えるエピソードを綴っても、

低いレベルで満足した「フリ」をするだけで

台無しになるくらいダサい。

 

 

いや、ダサいだけならまだマシかもしれない。

 

 

低いレベルで満足したフリをすると、

低レベルであることに誇りを持つようにすらなってしまうからだ。

 

低レベルであることに誇りを持つと、

その人にとっては「低レベルが当たり前になる」

これは本当に怖いことだ。

 

「別に時間なくてもいいし」

「別にお金なくてもいいし」

「別に毎日楽しくなくてもいいし」

「別に自由じゃなくていいし」

 

こんなことを常に言っていたら、

一生時間だって増えないし、

一生お金のことを考える羽目になるし、

なにかと不満や我慢の多い生活になるし、

心に余裕のある日々を送れない。

 

なぜなら、

低レベルが当たり前の価値観になってしまうと、

その価値観以外許せなくなってしまうからだ。

 

時間がある人を許せない、

お金がある人を許せない、

毎日楽しく生きる人を許せない、

自由な人を許せない。

 

そんな価値観のまま、

お金持ちになり毎日を自由に

楽しく生きるのは無理があるのは、

これを読んでくれているあなたも

分かってくれていると思う。

 

 

ちなみに、

(昔ほどではないにせよ)

世間一般では「お金持ちは悪」という

イメージが強いかもしれないが、

実際には典型的な悪人は少ない。

 

いや、むしろお金がない人のほうが

「悪」に走りやすい傾向にあるのは否めない。

 

日本で賭博が禁止されているのは、

ざっくり言ってしまうと

ギャンブルにハマって

お金がなくなる人が増えると、

犯罪に走る人が増えて治安が悪くなるからだ。

 

万引きや詐欺や強盗も援助交際も、

動機のほとんどはお金がないからである。

 

 

もちろん人にもよるが、

僕が見てきた中では、

お金がない人とお金がある人では、

お金がある人のほうが爽やかで、

余裕があって優しくて、

人間的に魅力にあふれている人が多い。

 

そもそもビジネスでお金を稼ぐためには、

人に価値を提供しなくてはいけない。

 

だからお金持ちの人は、

自然と人に価値を提供しよう

という価値観の人が多い。

 

 

これは覚えておいて欲しいのだが、

お金持ちとそうでない人の根本的な違いは、

能力でも顔の良さでも人望でも才能でも、

元からお金があったかどうかでもない。

 

 

 

価値観、たったそれだけだ。

 

 

 

お金持ちは自分自身を

真の意味で大切にしている。

そういう価値観を持っている。

 

だから素直で謙虚な人が本当に多い。

 

 

僕がまだビジネスを始めて、

ようやく月に20万ほど稼げるようになった頃、

あるビジネスグループに入ったのだが、

そこで当時月収300万を稼ぐ起業家Hさんから

(いまその人は月に600万近く稼いでいる)

僕にSkypeで個別メッセージがとんできたのだ。

 

 

「アサハルさん、この間は懇親会で

私と話してくれてありがとうございました!

アサハルさんの話はすごく面白かったので、

ぜひまた次もお話しさせてください!」

 

 

いやいやいや!!

僕なんてまだ月に20万ですよ!?

とその時は心底思った。

 

その時はまだお金持ちは

「悪」なんじゃないかという

イメージがまだ少なからず残っていたからだ。

 

さすがに今では

そんなイメージも完全に消えて、

Hさんのようになりたいと思ったこともあり、

いまはまだ足元にも及んでいないが、

月に100万ほど稼げるようになった。

 

 

今では素直な人が稼げるように

なっていくと確信している。

 

 

素直な人は、

自分のレベルを下げるように

「別に」という言葉をつかったりしない。

 

自分にはないものを他人が持っていたら、

素直に「うらやましい」と言えるのだ。

 

あるいは、

「悔しいな、俺も叶えてやろう!」

といった前向きで爽やかな発言ができる。

 

 

素直じゃないとこうは言えない。

僕のように「別に○○なんて~」と

自分のちっぽけすぎるプライドを守るのに精一杯になってしまう。

 

僕がひねくれていたせいで

中学の野球部を辞めなかったのは

結果論に過ぎない。

 

それにいってしまえば、

僕は野球部が楽しくて

野球部にしがみついていたわけではない。

 

辞めていいと言われて辞めるのが癪だっただけ。

 

 

今でも野球部は続けたいことだったのかと聞かれたら、

正直続けたくはなかったというのが本音である。

 

少なくとも、

幸せだったかと聞かれたら、

お世辞にも首を縦にはふれない。

 

だって僕は野球がしたいわけではなかったのだ。

 

僕が叶えたかったのは、

たぶんスマブラで「天才」と

言われたときのように、

誰かに褒められたかっただけ。

 

オタクだなんだと罵られ続けたせいか、

当時はゲームをやりこみながらも、

心のどこかで「ゲームなんて……」と思っていた。

 

だからゲームじゃなくて

現実で褒められたくて、

それがたまたまゲームを通じて知った

「野球」だっただけ。

 

結局は大して褒められることもなく、

その逆に数百倍数千倍は笑われたり

バカにされたり舐められたりしたので、

手段と目的が食い違っているのもいいとこである。

 

 

嫌なことを続けられる自信と、

身体の筋肉が多少ついただけで、

本当は他のことをやれば

よかったんじゃないかなと思うこともまあある。

 

それこそスマブラを続けてプロゲーマーを目指す、

なんてことも面白かったかもしれない。

 

 

ただ、これはもう過ぎたことで、もしもの話だ。

 

過去はデータとして、

二度と同じ失敗や後悔はしないようにと

防止策を編み出したら、

それ以外は忘れてしまっていい。

 

後悔し続けたってなにも生まないからだ。

 

楽しくもないしラクでもない。

僕が後悔し続けたところで、

僕が大切にしたい人たちが喜ぶわけでもない。

 

 

 

話を戻して、

僕は僕の人生に関係ない人たちの

悪口や意見を真に受けて、

素直じゃない性格をせっせとつくってしまった。

 

素直じゃないと、本当にロクなことにならない。

手段と目的を履き違えてしまう。

 

具体例を出すために、

次は僕が就職した時のことを話そう。

 

 

僕は高卒後、

特に行きたい大学もなかったし、

選べる学力もなかったため、

学校に推薦されるがまま

インフラ系の企業に普通に就職した。

 

高卒後は興味のあった

声優学校に通うと決めていたので、

学費のためにまとまったお金を得るには

就職しかないとこのときは思い込んでいた。

 

 

声優学校は本当に楽しかった。

 

腐った現実世界よりも、

創られた世界のほうが好きだった僕にとって、

お芝居はまさに創られた世界にのめり込める行為だった。

 

褒められる要素を抜きにして、

お芝居そのものが素で楽しいと思えた。

 

 

ただそんな生活は長くは続かなかった。

 

仕事に慣れてきた頃、

僕の仕事量が3倍~4倍くらい増えた。

 

人事異動で僕の部署から、

主に働いていた戦力のある人たちが本部に引き抜かれ、

ふんぞり返っているような役職持ちだけが残ったからだ。

 

8:30~18:00くらいだった僕の仕事が、

7:30~22:00に平均化していき、

ひどいと23時や0時過ぎ(終電間際)になることもあった。

 

声優学校から出る課題に

打ち込める時間も少なくなり、

睡眠時間を削ることも増えた。

 

 

楽しかったはずの声優学校で、

あまりの眠さに寝てしまうことがあった。

先生からはたるんでいると激怒された。

 

楽しかった声優学校が

度を過ぎた疲労で楽しく感じなくなり、

声優学校の日程に仕事が重なることも増え、

そのまま自然消滅的に僕は学校に行かなくなった。

 

 

学費だけ払って行かない日々が続き、

最終的にはもったいないと言って辞めてしまった。

 

そもそも、就職したのは

声優学校の学費を稼ぐためなのに、だ。

 

 

「会社には行かなくてはいけない」

 

「周りに変な目で見られたくない」

 

「上司に怒られたくない」

 

「バカにされたくない」

 

「舐められたくない」

 

「僕より忙しい人だっている、自分はまだマシだ」

 

 

周りの目や一般的な固定概念、

自分より忙しい人などいろいろ考えて、

僕は現状維持という選択肢をとってしまった。

(正確には現状すら維持できずに低下しているわけだが)

 

 

そこに残ったのは圧倒的な後悔だった。

 

 

だが後悔を認めたくなかった僕は、

またしても素直な感情を封じ込めた。

 

 

最悪なことに、

「声優なんかよりも会社員のほうが立派だし」

とか意味わからんことも本気で思っていた。

 

そうすることで、

「俺の選択は間違ってなんかいない!」

と思い込みたかったのだ。

 

間違っていたと認めてしまえば、

僕の自我は崩壊すると思い込んでいた。

 

 

ちっぽけな自尊心を満たすためか、

Twitterで俺忙しいアピールや

会社員は大変アピールをしまくった。

 

「今日も残業だ……」

「本当に時間ないなー」

などの不幸自慢もしまくった。

 

好きなことで食ってるやつは幸せもんだなw

とか揶揄することもあった。

 

「中学の辛い部活も耐え抜いたんだ!」

という謎の自信を持ってしまっていた。

 

自分の好きなことでもない、

嫌いなことを我慢して

頑張ることが素晴らしいという、

明らかに幸せから遠い価値観がさらに強くなっていった。

 

 

低レベルな次元で、

自分の都合の良いように解釈するあまのじゃく。

 

不幸アピールをすることが普通になって、

不幸でいることも普通になっていった。

そんなやつが幸せになんてなれるはずがなかった。

 

そんなやつの周りに集まってくるのも、

同じくらい低次元なことばかり言っている人たちで、

僕のクズ具合は加速していくばかりだった。

 

 

 

案の定、学校を辞めた僕は

死んだように会社に通い続けた。

 

 

いつしか会社から家に帰った途端、

いきなり電池が切れたかのように

気力の全てがなくなり、

好きだったゲームやアニメにも

関心がなくなってただただ寝る生活が続いた。

 

 

Twitterでつぶやくことすらなくなっていた。

いつの間にか過労死寸前までいっていた。

 

労働カウンセラー的な人から、

強制的に休みを取らされることになった。

 

 

 

休みのうち最初の4日~5日くらいは、

1日1食と水だけをとって後は眠りこけていた。

 

どうすれば幸せになれるんだろうか……

このまま生きていていいんだろうか……

そんなことをボーっと考えていた。

 

 

転職も少しだけ考えた。

 

スマホで転職サイトを

だらだらと眺めていた。

 

だけど、すでにボロボロになっていた

僕にとってはどこもブラックに見えた。

 

今よりラクになる保証もないし、

結局どこにいったって40年近く

働き続けないといけないと思うと、

胸のあたりが苦しくなった。

 

だから僕はその現実を見ないようにした。

 

 

そうして、

休んでいるうちに少しだけ元気になって、

その日は何ヶ月かぶりにゲームで遊んだ。

 

(あー、こんなふうに趣味中心の生活を送れたらな……)

 

(働かないとは言わないから、

せめて1日7時間くらいで、

週に2日は休みが取れる生活がいいな……)

 

 

僕はこのときようやく、

(疲労が重なっていたせいなのか)

強がることなく素直になれた。

 

 

僕がビジネスと出会ったのは、その頃だった。

 

 

休み明けの初日、

僕の元に1通のメールが届いた。

 

『件名:ネットビジネスってのを始めてみた!』

 

友達の中田(仮名)からだった。

 

 

そしてすごくうさんくさかった。

 

 

当時はネットビジネスなんて

全く知らなかったので、

ネットビジネスってあれでしょ?

なんか商品を紹介して買ってもらう、

ねずみ講的な……とか思っていた。

 

まあでも、

普段メールなんて来ないしなと思いながら、

なにげなくメールを読んでいると、

信じられない内容が飛び込んできた。

 

「ビジネスって俺でもできるもんだな!」
「犬の世話のブログで月100万稼いでる人もいるらしい!」
「20も年上の上司の給料超えた(笑)」

 

 

ホントかよと思った。

でもホントだったらすごいとも思った。

 

中田からの文面は楽しそうだった。

そして別に僕を勧誘するような

メッセージは書かれていなかった。

 

楽しさあまって、

とにかく誰かに話を聞いてほしくて、

割と仲の良かった僕に

送ってきたという感じだった。

 

そもそも中田はカラッとしたやつで、

僕と違って平気で自分にウソをつくことはしないと思った。

 

 

そこまで考えて、僕はまた落ち込んだ。

 

そして今までの自分を振り返って、

自分のこれまでの行動や思考を呪った。

 

僕がうさんくさいと思ったことを、

中田は勇気を出してやったんだろう。

 

きっと僕のように「嘘くさい」という

外野の意見なんて無視して、

自分の意見を尊重した結果なんだ。

 

周りの顔色や意見を気にして、

好きだったはずのことを手放し、

あまつさえ好きだったことを

バカにしていた僕とは大違いだ。

 

比べるまでもないだろう、

これが僕と中田の差だと感じた。

 

 

 

もう二度と後悔はしたくない、

そう僕は思った。

 

正直、中田がうらやましかった。

 

僕は『今すぐに』中田に話を聞いてみることにした。

 

 

満員電車から飛び出し、

会社へ電話した。

 

「すみません、体調が悪いのでお休みをください」

 

はじめてのズル休みだった。

心臓がバクバクして怖かった。

怒られたらどうしようとか考えた。

 

会社員として、

社会人としてはあるまじき行為で、

無責任だってことは自分でもわかっている。

 

でもこのときは、いま行動しないと僕は後悔する、そう思った。

 

 

―――――――――――――――

 

 

喫茶店で待ち合わせ、

久しぶりに会った中田は、

僕と正反対にイキイキとしていた。

若干目を合わせづらかった。

 

「おーアサハル! ってあれ?

お前会社はどうしたんだ?」

 

「あー、俺は今日休みだから」

 

「いやいや、じゃあなんでスーツなんだよ(笑)」

 

「あ……」

 

 

僕としては、中田に馬鹿正直に

会社をサボったというと

気を遣わせると思ったわけだが、

完全に墓穴を掘ってしまった。

 

どうやら今の僕は

ちっとも冷静じゃないらしい。

 

いま行動しないと後悔する、というのも、

もしかしたらただ会社に

行きたくなかっただけかもしれなかった。

 

 

 

中田は、なんだよ、

そんなに早く聞きたかったのかと

笑いながら僕の分までコーヒーを

店員さんに注文してくれていた。

 

「でも俺は時間あるから

別にいつでもよかったし、

会社はきちんと行っといたほうが

あとあと面倒くさくないと思うぞ」

 

中田のほうがよほど冷静だった。

というか全身から余裕というか、

なにからなにまで陰鬱オーラを

まとっていた僕とは正反対だった。

 

 

まあ来ちゃったもんはしょうがないし、

と、中田はビジネスについて話し始めた。

 

中田の話を聞いていくうちに、

ネットビジネスはきちんとした

仕組みがあって収入を得ていることがわかった。

 

中田の理路整然とした、

そして余裕のあるトーンで堂々と話す姿勢に、

なぜか腹が立った僕は中田にいじわるなことを言った。

 

「仕組みはわかったけど、

それって確実に稼げる保証あるの?」

 

 

それを聞いた中田は、

「ネットビジネスに保証なんてない」

と即答した。

 

「というかそもそもこの世に

本当の意味での保証なんてない。

 

会社員は必ず給料が貰えるが、

それはあくまで会社があるうちの話、

社員に保証はあっても、

その会社には保証なんてないんだから、

どのみち同じだ」

 

それに、とさらに中田は付け加えた。

 

「もし確実に稼げる仕事があったら、

その仕事に人はたくさん集まるだろ?

そうなると、どうなると思う?」

 

「え? 社長が喜ぶとか?」

 

「はは、そうだな、確かに社長は喜ぶ。

だって「代わりがいくらでもいる」んだからな」

 

「どういうことだよ」

 

 

「確実に稼げる保証のある仕事は、

別にお前じゃなくても

他の誰かがやってくれる、

つまりアサハルじゃなくてもやれることだ。

 

お前にお金を払う人からすれば、

『お前にこだわる必要はない』ってことだよ。

 

で、ここで質問だ。

もしアサハルが社長だったら、

特にこだわりのない社員に、

高い給料を払ったりするか?」

 

 

絶対に払わない、そう僕は答えた。

 

だって払うわけがない。

他に変わりがいるのであれば、

給料に文句を言って辞める連中は

放っておいても何の問題もないからだ。

 

払うお金は必然的に安くなる。

 

僕の仕事も誰でもやれるような事務仕事だ。

高卒の僕の手取りはせいぜい14万、

残業代含めて20万いくかどうかくらいだった。

 

 

「お金持ちは誰一人として、

保証のある仕事なんてやっていない。

全部自分の責任でやっている」

 

「確実に稼げるならやる、

なんて発想は完全に依存思考で、

そういうやつは成功できない」

 

普段は朗らかな中田が、

このときばかりは真剣な表情になっていた。

 

理論的にも精神的にも、

僕はなにも言い返せなかった。

 

中田は自分に言い訳をせずに生きていた。

それがとてつもなくカッコよく見えた。

 

自分がとてつもなく情けなかった。

 

 

「とまあ、えらそうなこと言ったけど、

ネットビジネスって得られるリターンの割に

全然お金かからないから、試しにやってみるのもアリだよ。

 

実際、始めは俺も試しにやってみた感じだしな」

 

 

中田の話を聞いて表面上理解しても、

ネットビジネスのうさんくささが

完全に晴れたわけではなかった。

 

けど、このまま

何もしないで生きていても

僕は後悔し続けると思った。

 

 

だったら、やってみるか。

 

 

そう思って僕はネットビジネスの世界に飛び込んだ。

 

 

最初は意味が分からないことだらけだった。

 

まず用語がわからないから、

用語の意味を調べる、

そして用語の意味を調べると、

その中でまた知らない用語があって、

そしてまたさらに…………

 

マトリョーシカかよと思いながらも、

こんなところでやめられるかと、

片っ端から用語を理解していった。

 

 

用語を理解した次は、

ブログを立ち上げた。

 

僕の趣味であるゲームに関するブログだ。

 

 

これもまた分からないことだらけだったが、

ここでやめても事実として、

また元の暗い生活に戻るだけだったので、

ひとつひとつ調べながら進めていった。

 

「ワケわからん!」と

感情的に投げ出さず、

冷静になってひとつひとつやれば、

自分が考えているほど難しくないとわかった。

 

 

会社員をしながらビジネスを続ける日々は、

決してラクとは言えなかった。

 

が、自分のつくったブログが初めて

ネット上で見れるようになったときは軽く感動した。

 

初めてブログの閲覧数が

100を超えたときは、
思わずテンションが上がった。

 

ビジネスの収入管理画面で、
初めて「382円」の報酬を見たときには、
給料以外でも本当に稼げるのかと常識が揺らいだ。

 

まだよくわかっていないままだったが、

希望を見出した僕はがむしゃらにやった。

 

 

会社と最低限の食う寝る風呂歯磨き以外は、

全てビジネスに時間を突っ込んだ。

 

同僚や上司の飲み会は全て断った。

仲の良い友達からの遊びの誘いも断った。

 

僕と大して仲の良くない人との縁は

どんどん切れていった。

 

僕の周りには、

僕がなにをしていても

友達でいてくれる人だけが残った。

 

 

周りの人を気にせずに行動した結果、

意外なことに後悔はなかった。

 

 

 

ビジネスを始めて

1ヵ月が終わった頃、

僕は中田に自分のブログを見せた。

 

「おわっ、お前めちゃめちゃ

ブログ記事書いてるじゃん!」

 

「一応、500円稼げた!

なんかマズいところあるか?」

 

「……あー、このまま続けても

まともに稼げないなこれは」

 

「えっ!?」

 

 

その場で中田に詳しく話を聞く。

 

理屈を説明してもらうと、

どうやら僕のやり方は間違っていたらしい。

 

中田からの説明を聞いていて、

このとき僕はビジネスってゲームみたいだと思った。

 

 

全てのゲームには理屈があって、

そしてルールがある。

 

いくらババ抜きで

早く勝ちたいからと言って、

勢いよくトランプを叩きつけても

なにも変わらないし、

相手からカードを強く引っこ抜いても

なにも変わらない。

 

だってそういうルールじゃないからだ。

 

小さい頃の僕が泣きながら

ゲームをしていても、

対戦相手のコンピュータは、

まるで容赦してくれなかった。

 

泣いたら勝てる相手ではないからだ。

 

 

 

理屈やルールの前で感情的になって、

ひねくれていても全く意味がない。

 

理屈やルールは素直に認めて、

それに沿って行動して成果を出していく。

ゲームと全く同じだと思った。

 

ひねくれるメリットなんて

どこにもなかった。

 

低レベルな次元でひねくれていたって、

ゲームと全く同じでただ結果が出ないだけだ。

 

 

 

僕はビジネスで結果を出したかった。

 

「ひねくれている場合じゃねえ!」

 

そう思って僕は中田の言われた通りに

方向転換してビジネスを進めていった。

 

 

それから2ヵ月後、

僕は13万円稼ぐことができた。

 

会社の給料と合わせて、

僕より10ぐらい年上の

先輩の給料を超えていた。

 

僕は感動した。

楽しくないこともあったけど、

やってよかったと心の底から思った。

 

これまでゲームや野球や声優学校と、

いろんな事をやってきたが、

このときはどれも後悔があった。

(今ではそれも含めて僕だと思うので、

そこまで大きな後悔はなくなっている)

 

けどビジネスだけは後悔がなかったのだ。

 

 

しかもそれで終わりじゃなかった。

 

 

翌月も15万くらい入ってきた。

コツを掴んだ僕は、

理屈とルールにのっとって、

やるべきことだけに注力した。

 

ビジネスにつかった時間は、

先月の半分くらいだ。

 

ビジネスは自由だ。

結果さえ出るのなら、

自分の好きな時にやればいい。

 

周りの目を気にする必要もない。

 

というか気にしてはダメだ、

理屈やルールに乗っ取っていない、

「ちゃんと働いたら」とかいう

意味不明なアドバイスを貰っても、

なんのメリットもない。

 

 

そもそもビジネスとは、

人に価値を提供することだ。

 

僕はその価値の対価として、

お金を貰っていただけだ。

 

会社員は自分の労働時間を対価に、

会社から給料を貰う、それと同じだ。

 

だから僕は働いていた。

いや、正確には僕が

直接働いていたわけではない。

 

僕がつくったブログが、

僕の代わりに24時間働いてくれていた。

 

 

翌月も15万入ってきた。

僕は軽いブログのメンテしかしなかったので、

その月の労働時間は2時間程度だった。

 

 

この段階で僕は会社を辞めることに決めた。

 

ビジネスで食べていくほうが、

僕は幸せになれる、そう思ったからだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

■最後に

 

いかがだっただろうか。

 

ビジネスを始める前の僕は

本当にひどいものだった。

 

 

しかし、

僕はビジネスを通じて、

本当の意味で素直になれた。

 

もちろん、

お金が入ってくることも

メリットのひとつだが、

それ以上に素直になれたことによる

心の安定や余裕のほうが大きい。

 

性格的に生きやすくなったというか、

ラクになれたのだ。

 

 

舐められたくないという考えが、

自分の好きな人じゃなければ

舐められてもいいに変わった。

 

どうでもいい人に笑われても、

なんとも思わなくなった。

 

そういう人たちに

敵意をむき出しにして、

必死に戦うこともなくなった。

 

 

だって彼らは僕の幸せに

一ミリも関係ないからだ。

 

 

そういう輩に振り回されては、

僕が疲れるだけだ。

非常にもったいないと思っている。

 

 

 

周りは周りと割り切り、

あくまでも自分が幸せになる

選択肢や考えのひとつとして

捉えるようになった。

 

最終的に答えを決めるのは僕だ。

 

 

あ、なんだか僕が「自分の幸せ」しか

考えていないように思われたかもしれないが、

それは間違いではない。

 

僕は自分の幸せを第一に考えている。

 

けど、自分の幸せの中には

自分しかいないわけではなくて、

「僕と仲良くしてくれる人」も入っている。

 

僕だけが楽しい状態、

僕だけが幸せな状態は、

僕にとって楽しい状態ではないし、

幸せな状態とは言えない。

 

 

テレビゲームをしていて、

自分だけが盛り上がっていて

周りが退屈そうにしていたらどうだろうか?

 

アニメやドラマを見ていて、

自分だけが楽しそうに見ていて、

周りがつまらなさそうにしていたらどうだろうか?

 

 

そんな状況を心底楽しめるほど、

僕は図太い性格をしていない。

 

だから綺麗ごとでもなんでもなく、

僕は僕のために、僕と関わってくれる人には、

少しでも幸せであって欲しいと思うし、

そのために僕が行動することもある。

 

 

 

昔の僕は余裕がなかったから、

本当の意味で「自分のことしか」考えられなかった。

 

最初はそれでいいと思う。

まずは良質なレベルで余裕をつくるために、

大変でもいいから行動するのが大事だ。

 

 

なんの行動も起こさないまま、

考え方だけを捻じ曲げて

低次元のレベルで余裕になろうとしても、

過去の僕のように幸せから遠ざかるだけだ。

そして本当の意味での余裕も持てない。

 

 

僕は余裕をつくり、

楽しくラクに生きるための手段として、

ネットビジネスを選んだ。

 

特に自分が働かなくても

収入を生んでくれる仕組みは

持たないと損だと思う。

 

『資産とはポケットにお金を入れてくれるものである』

 

有名な本である、

「金持ち父さん貧乏父さん」で

語られている内容だ。

 

仕組みをつくれば、

毎日勝手にお金を生んでくれる。

僕もこうしてレポートを書いている間も、

勝手に収入が発生しているのだ。

 

 

一度仕組みをつくってしまえば、

お金のために働き続ける生活からは抜け出せる。

 

「お金を稼ぐなんて悪だ!」と

声高らかに叫びながら

会社員を続けている人こそ、

お金のために働き続けている人が大半だ。

 

その証拠に、いまから500億円が

手元に入ってきたらどうだろうか?

 

おそらく9割以上の人は、

会社を辞めると言うだろう。

 

「お金が貰えなくてもやりたい!」と

素直に思って会社で働いている人は、

この日本には全体の1割も満たないはずだ。

 

もしあなたがそのような方であれば、

僕の情報は一切受け取る必要はない。

周りに流されずその生活を続けていけば、

充実した日々を過ごすことができるはずだ。

 

 

 

話をお金を稼ぐ仕組みに戻そう。

 

 

仕組みづくりと聞くと、

非常に時間がかかるように

思うかもしれないが、

実際はコストパフォーマンスがかなり高い。

 

10年も20年もかかるものではなく、

(10年でもコスパは十分だと思うが)

目安として半年~1年くらい、

早い人だと1ヵ月~2ヵ月でつくることができる。

 

 

良い大学に行くため、

つまりは良い企業に就職するために

センター試験のためだけに

1年~2年間勉強し続ける人は少なくないが、

 

それだったら1~2年の間で、

お金のために働かなくてもいいように

仕組みをつくってしまうほうが

自由になりたいのであれば正しい選択ではないだろうか?

 

 

センター試験を1年も2年も頑張っても、

その後も良い企業に入りたければ

ある程度の勉強は必要になってくるし、

就職してから40年近く働き続けることは確定だ。

 

つまり頑張り続けなくてはいけない。

 

それが心底楽しいと

思えるのなら幸せだが、

僕の中学時代のように毎日辛いと思うのなら、

それは拷問以外のなにものでもないと思う。

 

 

もし、

ここまで読んでくれたあなたが

今の生活に苦しんでいたり、

疑問を抱いているのであれば、

ネットビジネスはそれを解決する手段に

高確率でなってくれるはずだ。

 

 

不安や疑問に目をつぶり、

見て見ぬふりをするウソの余裕と、

仕組みを持つことで

心の底からできる余裕とでは、

感じるストレスもまるで違う。

 

ストレスも承知で自らを犠牲にして、

家族のために好きでもない仕事を

頑張る人はカッコいいと思うが、

そういう人こそ僕は仕組みを手にして、

お金のために働き続ける生活から脱却して欲しいと思う。

 

お金を稼ぐための仕事は、

仕組みにやって貰えばいいのだ。

 

本当に家族のためを想うのであれば、

一緒に美味しいものを食べたり、

時間を気にすることなくおしゃべりしたり、

時には夫婦でデートをしたり、

子どもと好きなだけ遊んだり、

そういうことに時間をつかうほうが有意義なはずだ。

 

 

僕の妹は小さいころから、

あまり両親に構ってもらえないまま

育ってしまった。

 

両親の仕事が忙しすぎて、

家に帰ってくるのは

いつも妹が寝る時間だった。

 

僕も僕で当時はひねくれていて、

自分のことしか考えてなくて、

妹のことなんてまるで気にかけていなかった。

 

それでも妹は優しかったから、

両親にも「気にしないでね」

と言っていたけど、

本当は寂しかったに違いなかった。

 

それを埋めるように、

妹はネットゲームにのめり込んでいった。

朝から晩までやっていることも増えた。

両親との会話もさらに減った。

 

現実よりも架空のほうが素晴らしい、

僕と同じでそういう想いがあったんだと思う。

 

 

ネットゲームをやることが悪いわけじゃない、

ただ楽しくてやっていることと、

寂しさを埋めるためにやっているのは違うと僕は思う。

 

もしこれを見てくれている

あなたが親の立場なら、

僕の妹と同じような状態にさせないで欲しい。

 

 

 

いま僕はさらに収入を増やすため、

仕組みの数を増やしたり、

仕組み自体を強化したりしている。

 

2018年には結婚したいこと、

そして将来的には子どもも欲しいので、

そう考えるとお金はあるに越したことはないからだ。

 

そういうことを彼女に話したら、

なんと彼女もビジネスに挑戦し始めた。

 

彼女はまだまだ初めて日は浅いが、

それでも月5万の仕組みをつくることができている。

 

お互いに共通の話題ができたことで、

さらに仲が良くなったというのも嬉しいし、

実際に会話もさらに楽しくなった。

 

 

僕の人生はこれからもっと楽しく、

精神的にラクなものになっていくだろうし、

絶対そうしてやるという想いもある。

 

理想の未来に向かって、

目的をもって行動していくことは、

本当に楽しいと、そう思う。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

ネットビジネスの詳しい具体的な話は、

ここでは話しきれないので、

メルマガで個別に話しています。

 

もし興味があれば、

気軽な気持ちでのぞいてみてください。

 

 アサハル公式メルマガ

 

この長いレポートを、

最後まで読んで頂きありがとうございます。

 

これを読んでくれたあなたが、

いまより少しでも幸せな人生を

送れるようになったのなら、

自分をさらけ出してよかったと思います。

これ以上の喜びはありません。

 

伊東アサハル